大多喜南無道場 妙厳寺

日誌

時事の事

日常の事柄を踏まえて住職が語ります

誤り、錯覚した認識
私たちは、バラバラに孤立した「私」がまずあって、それから宇宙が「私」とは別に存在すると思っています。しかも宇宙は「私」独りだけのために存在しているかのようです。このように自己と世界を分離して把握する認識のあり方は時代や地域を問わず、人間であればかならずと言ってよいほど成長するにつれて身についてしまうものです。私たちはあらゆるものをバラバラにして物質に還元する近代科学の要素還元主義の影響で自己と世界を分離して把握し、認識する傾向はより強固になっています。それはあたりまえに身についてくるものなので、気がつくことはほとんどありませんが、私たちの基本的なものの見方、世界観、人問観、価値観の根底にすえられてしまっています。まるで最初から備えついていたかのようです。
私たちは人生の予期しない困難な状況におちいった時に自分自身の切実な問いに出会います。「私」はどこから来たのか、「私」は何者か、「わたし」はどこへ行くのか、「私」はどのように生きて死ねばよいのか、「私」はどのようにすれば幸せになれるのか、そもそも「私」の人生に意味はあるのか、などなど。このような問いにしても、ごく自然であたりまえに発せられる問いのように思われがちです。しかし実は問いが発せられる前提には、先に述べたような、自分を含めて世界はバラバラであるという誤った認識があります。問いの前提が崩れれば問題は解決です。

曼荼羅本尊とは?
 科学の粋を集めて宇宙に行った飛行士の「この宇宙は一つの意思によって貫かれている」とのコメントに象徴されるように現代科学の知見は自己と世界の把握が事実の誤認にもとづくものであることを教えてくれます。事実としては、「一つ」につながりあった宇宙があって、それからさまざまに形を変えながら宇宙があること
その宇宙と一つながりになっている私たちの存在があります。宇宙とは別に私たちが存在するのではありません。私たちは個人であると同時に宇宙そのものでもあるのです。まさに日蓮聖人が図示し、礼拝の対象にするするよう書き置かれた大曼荼羅ご本尊の世界そのものと言えます。大曼荼羅ご本尊もまた、一見矛盾していると思われる存在関係が矛盾なく調和して成立しています。

私たちは宇宙の子・星の子
私たちは「宇宙の子」であり「星の子」であると教えてくれたのは、宗教家や詩人でもなく、じつはまぎれもない科学者です。
物理学者・アインシュタイン氏の「この世界は単なる物質の機械仕掛けではなく、一つの思惟(意志)のようなものによって貫かれている」とか、同じく物理学者・湯川秀樹氏の辞世の句「もの皆の奥に一つの法ありと日にけに深く思いけるかな」と言った言葉はそのことをみごとに証明してくれています。
科学的で合理的な思考を教育されているわたしたちにとって、認めざるをえないほどの説得力をもっているのではないでしょうか?
私たちはこの宇宙法界を象徴した曼荼羅ご本尊(宇宙)の中の一員なのです。おそらく法華経・題目信仰を受け容れることの出来る日本人の感性が、だいぶ痛んできてしまった地球を一つの生命体であると認識して、地球環境の危機的状況を救っていく世界の先達になるのではないかと期待しています!

行事日誌

2021(令和三年)年・2022(令和四年)

12月13日 年末御守護札入れ

住職.法典.法盛が家内安全・火伏せ・魔除けの三種類の新しいお札を持って各お檀家を廻りました。              

1月1日(日) 新年祝祷会並びに新春特別祈願

今年もコロナ禍の中、人数制限をして寺役員さんと共に御宝前に敬虔な祈りを捧げました。 また、申し込まれた各々の新春祈願が行われました。

東京国際仏教塾日蓮宗専門課程 

昨年十一月から開講された課程が五か月間行われ、三月六日午後に卒業考査が行われ、無事終了しました。              

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