時事の言
 
  如来は人々の案内人
 
 私達は旅をする時、そこの場所や歴史について詳しい案内人が居て、あれこれガイドしてくれると、とても助かります。特に始めて訪れる海外において案内人は必要不可欠です。私たちの日々の生活・人生航路も同じことが言えるのではないでしょうか。
 「宝所は近きにあり。この城は実にあらず。われの化作せるのみ」は妙法蓮華経・化城喩品第七の一節です。簡単に説明しますと如来はこの世に存在するすべての者たちの案内人です。如来=案内人とは、仏法を真に承知し、生活そのものにしている人とも言えるでしょう。その案内人が『皆さん、こちらに来て下さい! 宝所はこの近くですよ。この城は皆さんを休憩させるために私が仮に神通力で造ったものですよ!』と言っているのです。
 化城宝所の譬えのあら筋はこうです。――険しい道をあえぎ苦しみながら進む人の群れがあります。一人の立派な案内人によって導かれている一行でした。彼等は五百由旬(長い距離)も向こうにある、すばらしい宝物を求めて進んでいるのです。
 さて、この道は名だたる難所で、危険と恐怖に満ち満ちています。しかし、それでも一行はもう半分ほど進んでいるのでした。ところが、行けども行けども難所続きなので、誰が言うともなく「引き返そう」と言い出す始末です。
 案内人はここまで進んで、今さら引き返すことの愚かさを知っていました。この案内人は偉大な神通力を持っていましたので、彼等の目の前に壮麗な城を出現させたのです。そして、『みんな、この城の中でゆっくり休み、疲れを癒しましょう!』と言いました。一行は城に入って休息と安息にひたります。すると案内人は頃合いを見計らい、この城をかき消してしまったのです。そして、『実はこの城は私が神通力で作り出した幻です。充分に疲れを癒やすこともできました。さあ、もう一踏ん張りして本当の宝物を手に入れましょう!』と、一行を引き連れ進んでいくのでした。
 ザックリ言えば、「くじけそうになっても、もう一度気を取り直してしっかり歩んで行きましょう!」と言うことになるでしょう。この時の案内人は釈尊、引き連れられている群衆は私たち衆生を表しています。つまり、如来は私たちの人生の案内人と言えるのです。
2017/12
 
 大多喜南無道場 妙厳寺 http://myogonji.jp/